血栓性血小板減少性紫斑病を再発したので、経緯をまとめました

タイトルの通りではありますが、血栓性血小板減少性紫斑病を再発してしまいました。正直、5年前になった病気なのでもう再発はないだろうなと思っていたのですが、このタイミングでぶり返すという。。

誰かのためになるかもしれない、と思ったので、治療中ではありますが発病の経緯や治療経過をまとめていければと思っております。

以前に発症した時のことをまとめた記事もあるので、こちらもどうぞ。

発病の経緯について

このブログにたどり着いたということは、おそらくあなた自身もしくはご家族、ご友人がこの病気を発症したのではないでしょうか。つまり、医者から説明を受けてご存知の方も多いと思いますが、血栓性血小板減少性紫斑病は明確な発症の条件がいまだ分かっておりません。

これは私自身も同じで、明確にこれをしたから再発したのではないか、という心当たりはありません。ですので、私の具合がどのように悪くなっていったのかを細かく書いていこうと思います。

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あくまでも僕の記憶と経験を記録するだけですので、これが医療情報として全て正しいとは思わないようにしてくださいね!

10月25日

この日は通勤日でした。前日に地方出張があり、いつもよりは疲れていたものの、朝はいつもと同じ時間に出勤しました。この時は特に異常もなく、昨日の出張が大変だったな、くらいの気持ちで過ごしていました。

ところが、午後になり身体のだるさを感じるようになります。「風邪かな?」と思うくらいの微熱と、頭がボーッとする感じでした。まあ、週末だし土日で治せばいいだろうという考えでその日を乗り越えました。

食欲については、お昼までは普通に食べることができていました。しかし、夕食はあまり食べる気が起きず、上司に誘われたラーメンを諦め、コンビニでサラダを買って食べました。それだけで十分でした。

地下鉄の駅を出て家に帰るまでの間、いつもより疲れてしまう感覚がありました。普段からランニングなどをする身としては、ただ歩いて帰るだけでここまで疲れるのはおかしいかも、という感覚がありました。が、それも風邪の仕業だろうと軽く受け流してしまいました。

10月26日

この日は土曜日ということもあり、一日中休みでした。夕方から友人と遊びに行く約束をしていたので、それまでに家事を済ませておこうと思っていたのですが、やはり身体が重く、思うように家事を進めることができませんでした。

洗濯物を干すために腕を何度も挙げる動作が非常に辛く感じたり、部屋の掃除がキツかったり。急激な体力の衰えを感じつつ、自分の中では「これはもしかして、、」という再発の心配が頭を過ぎるようになっていました。

結局友人と遊びに行き、その途中で風邪薬を購入したのですが、頭痛とだるさの緩和には役に立ちました。しかし、根本的な問題として息切れの激しさがあったため、月曜か火曜には病院で診察を受けようと決心していました。

僕は半年に1回、火曜日の午前中に外来を受けることになっていたため、火曜日なら主治医に見てもらえると考え、少し我慢をする選択をしてしまったのです。

10月27日

日曜日も全く回復せず、非常に体がだるく、ずっと寝て1日を過ごしました。この頃から貧血の症状が顕著になり始め、家で立ち上がるだけで倒れそうになったりしていました。急場を凌ぐ意味も込めて鉄分を多く摂取しようと心がけていましたが、そもそもの食欲が全くなかったため、鉄分ゼリーなどを食べるのが精一杯でした。

ちなみに、この時点で家族には「もしかしたら血液の病気を再発したかもしれない」という連絡をしていました。前回発症した時と非常に症状が似ていることや、数日経ってもだるさが抜けない感じが普段とは違っていたので、離れて暮らす家族には早めに可能性を伝えておこうと思ったのです。

10月28日

月曜日ということもあり、普通に会社に出社しました。家から駅までの道のりで息切れをしたり、駅の階段を上るだけでクラクラになったりと、どう考えても出社してはいけないような状態だったことは確かです。

無事に会社について席に座ってしまえばそこまで大変なことはなく、デスクワークは普通にこなすことができました。が、トイレで自分の目が以上に黄色くなっていることに気付き、慌てて病院に連絡しました。症状を伝えたところ、明日の午前中に来てくださいとの指示を受け、ひとまず仕事に戻りました。

午後の業務は体がだるく、頭を使って仕事を進めることが困難になっていました。そのため、夕方で早退し、家に帰ることにしました。帰宅途中では何度も立ち止まっては息を整え、まるでフルマラソンを走っているかのような疲労でなんとか家に到着しました。この時点で、自分の中では病気の再発を確信していました。そのため、できる範囲で入院の身支度を整え、家族の負担を軽くしておくことができました。

10月29日

この日は朝から病院に行くということで、普段は使わない電車に乗っていました。かなりの満員電車で、貧血気味の僕はもはや死にかけていました。途中で座ることはできましたが、息が上がっており、周囲からも体調が悪い人だと思われていたと思います。

電車を降りようとして立ち上がったところ、貧血の症状が最高潮に悪くなりました。視界が悪くなり、ふらふらの状態で改札をなんとか抜けたところまでは記憶がありますが、その次の記憶は地上に上がるためのエレベーターの前で天を仰いで倒れている自分の姿でした。どう考えても緊急事態だというのに、誰一人声をかけてくれない都会の冷たさが嫌になりながらも、かろうじて立ち上がって病院を目指しました。

駅から病院は程近く、視界が悪い状態ながらもなんとかたどり着くことができました。病院に入ってすぐに掃除のおばちゃんに「大変!」と大声を出されるほど、顔色も悪く、死にそうだったみたいです。

そこからは記憶が途絶え途絶えですが、車椅子で移動しながら血液検査やレントゲン検査等をして、血栓性血小板減少性紫斑病の再発という診断を受けました。

前回の発症との共通点

発症の原因が分からないと言われている血栓性血小板減少性紫斑病ですが、再発をした身としていくつかの共通点があるように思いました。以下に列挙します。(あくまで個人の体験です。参考までに留めておいてください。)

食事制限を始めたタイミングだった

まずは、食事制限を始めたばかりだったという共通点がありました。前回の発症では、冬のファッションを楽しむために身体を作ろうと思い、炭水化物や脂質を抜いた、低エネルギーな食事を始めたタイミングでした。そして今回は、会社の付き合いで東京マラソンへの出場が決まったため、これまたランニングに適応した身体を作ろうと思い、低エネルギーの食事を始めたばかりでした。

エネルギー摂取量は一応計算してはいましたし、食事制限を初めてから3日くらいしか経っていなかったこともあり、これが原因なのかは正直微妙かなと思っています。

運動量を少し増やしていた

上述の食事制限とともに、運動量を増やすことで筋力アップを目指していました。引き締まった身体を作るために筋トレを少し多くしたり、ランニングの距離を伸ばしたり、というくらいのものですが、疲労感は普段よりも多く感じる内容になっていたと思います。

とはいえ、こちらもそこまで無理をしたという感覚はなく、このくらいの運動量の変化は再発に至らなかった5年間もやっていることでした。なので、身体的な疲労につながっていたのは確かですが、直接の原因とは言えないかなあと思っています。

新しい環境や仕事に直面していた

5年前に発症した時、僕はイタリアンレストランのオープニングスタッフとしてバイトを始めたばかりでした。そのレストランは芸能人が訪れるような格式高いレストランで、バイト未経験の僕にとっては緊張の連続で心理的なストレスが溜まっていたことは明確でした。

今回は新しいタスクを受け、ちょうど名古屋に出張をして朝から晩まで緊張しっぱなしだったので、こちらも5年前と状況が似ていたな、というふうに思いました。

このへんの経験をまとめると、身体的、精神的に疲れている時に発症しているのかなと思いました。ただし、食欲が急激に無くなったり、息切れが激しくなったのは3日くらいの間なので、これらの思い当たる節と関係があるのかと言われるとそれはちょっと怪しいかなと思いますが。。

血栓性血小板減少性紫斑病にかかったことのある人が気をつけるべきこと

個人的な教訓も含めて、既往歴のある人が気をつけなくてはいけないことをいくつかまとめました。

貧血っぽかったら早めに病院にいく

まずは貧血っぽさを感じたらすぐに病院にいくようにしましょう。説明を受けていると思うのでわかるかとは思いますが、この病気の貧血の原因は溶血です。赤血球が自分の体に攻撃されて通常より破壊されるスピードが早くなるという、自分では対処できない原因です。そのため、医療機関で適切な処置を受けるまで改善することはありません。事実、僕は3日で意識を失うほどに悪化しています

みんなの言う貧血とは違うんだぞ、というのは既往歴のある方は肝に銘じておくべきだなと痛感しました。

目の色、尿の色に敏感になる

溶血が始まると、目が黄色くなったり、尿の色が茶褐色になったりという症状が出てくるようになります。おそらく最初は尿の色が全然違う!というところで気づくかと思いますが、この状態になったらひとまず病院へ直行すべきだと思います。経験上、尿の色の異変に気付いてからは悪化のスピードが早いです

ずっと食欲がない時は危険サイン

僕の場合は紫斑病で食欲がない状態は、風邪で食欲がないというのとは少し違っています。食べようという気持ちすら起きないような、無の状態になってしまいます。そして、頑張って食べようとしたら吐いてしまう。鉄分のゼリーですらギリギリ食べられるかどうかという状態だったので、自分としても異常だなと実感がありました。ここまできたら、すぐにでも病院に行くべきだったんだなと思いました。

まとめ

今回、病気を再発してしまったわけですが、こればかりはどうしようもありません。なりたくてなっている訳でもないですし、主治医の先生も5年経って再発する人はかなり珍しいと言っていました。

でもだからこそ、どこかで心配になっている人のためにこの記録が役に立てばいいなと思っております。

これから入院生活で暇なので、この病気の周辺知識や治療法についても書いていく予定です。